2013年12月06日

憧れの地イルガチェフェへ。〜豆記世界編・3〜







その哀しい事件は、僕たちが日本からエチオピアに入る

2日前に起こりました。






情報が伝わりにくく、警察の捜査も遅い国なので

各国の大使館にその情報が入ったのも数日後でした。






我々がエチオピア・ジンマでコーヒーの原種が眠る森で

フォレストコーヒーの収穫や農協の視察を終えた日に

現地日本大使館からジェトロスタッフに連絡がありました。




緊急警報。





事件はジンマ近くの郊外で起こりました。




中国人とエチオピア人を乗せたバスが強盗に止められ

バスの中に強盗が侵入。

その日は月末の金曜日で労働者への給料など現金が動く日でした。



3人の強盗は、バスの中で

「動くな!金を出せ!おかしな真似をしたら殺す!」

と叫んだそうです。



3人の強盗の手には、拳銃がありました。


バスの中の中国人4人は道路建設の関係者でエチオピア人はガイド。



ところが、中国人には現地のナムハラ語は通じておらず

ガイドが説明する前に、ある1人の中国人の行動が運命を分けました。





ひとりの中国人が強盗に向かって、自分の携帯電話を取り出し

写真を撮ったのだそうです。



理由は分かっていません。


面白半分なのか、証拠写真を残すつもりだったのか。


その理由はもう聞けません。



写真を撮られたと気がついた強盗が逆上し

拳銃で中国人4人全員を射殺、エチオピア人ガイドも重傷

を負いました。



そして、犯人グループは逃走し現在も行方不明。






生き残ったエチオピア人から事件の詳細が分かり

特にアジア系の滞在者に警告が出されたようなのです。






普段、エチオピアではこのような殺人事件は珍しいのですが

最近は中国系企業の積極的な介入でアジア系への強盗事件が

起きているようでした。



また、中国企業の非常に強引で搾取的なやり方に不満を持つ

エチオピア人も少なくないとドライバーが静かに語りました。






ジェトロスタッフから事件の詳細を聞かされ、

全員に対して指示が出ました。




「皆さん、ご心配だと思いますが、

 内戦やテロではないので直ちにツアーを中止するような

 影響はありません。

 但し、今回の事件は金品も奪われ強盗も逃走しています。

 この先、アジア系を狙う強盗が急増する可能性があります。

 万が一、このような強盗に遭遇した時には、

 みなさん。絶対に無抵抗であって下さい。

 金品や所持品、パスポートも全て差し出して下さい。

 生命を最優先で守って下さい。

 全てを奪われても命だけは守って下さい。

 あとは大使館が助けてくれます。」





生まれて初めて命の危険性のある場所に

自分が居るという事を体験しました。






この先ツアーを続ける対応として、

走行中は7台の車列を崩さず離れない。


日中でも団体から離れない。


夕方、夜間の移動を避ける為、農園の訪問時間を短縮。


可能な限り、滞在を知られないよう露出を避ける。







かなり窮屈な行動制限ですが、

しかし僕たちは安心しました。



「ツアーを続けられる。」




全員同じ思いだったと思います。





なぜならば、今から我々が向かうのは

エチオピアのコーヒーの中で最高峰の地

「イルガチェフェ」なのです。




このイルガチェフェに行く為にツアーに参加した人は殆どで

僕も例外ではありませんでした。



もし、ここでツアーが中止になっていたら

きっと悔しい思いをしたと思います。




イルガチェフェへ行ける。


そう聞いただけで緊張はありますが力が

みなぎってきたのを憶えています。





イルガチェフェへの移動時間は10時間。



その半分の道は未舗装でオフロードです。

まるでラリーレースのようなドライブで睡眠不足と

食あたりの人たちには地獄のような時間だったと思います。




途中、トヨタのランドクルーザーにもかかわらず

悪路の為にパンクする車が続出しました。



その都度ストップしてタイヤ交換を待つ時間をジリジリと過ごし

すこしずつ参加者にストレスがかかり始めてきてたと思います。



実際、日に日にダウンする人も増えていました。




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パンク修理を待つ途中で外に出てみると

強烈な日差しの中、畑に何か”すすき”のような物が

栽培されていたのでガイドにこれは何か?と聞いてみると、

「これはテフだ。テフはインジェラになる」と答えました。




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インジェラ。



今回のエチオピアツアーで僕たち日本人を最も苦しめた

このインジェラはエチオピアの主食です。







テフは日本で言う「稗や粟」で通常は飼料になりますが

ここでは人間の主食になります。



テフを粉にしてお湯でコネ3日寝かせて発酵させ

鉄板の上でクレープ状に焼いて食べます。





このインジェラの味。


例えるならば「腐った雑巾」です。





これが食べられない人が多くいて、睡眠不足と食糧不足という

ダブルパンチになるとダメージが大きいのです。




ちなみに僕は、何故か分かりませんが

このインジェラが大丈夫で毎日食べました。




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最初はかなりインパクトありましたが、スパイシーなおかずを

選んで一緒に巻いて食べると不思議と調和しました。





最後まで美味しいとは感じませんでしたが

生きる為の食糧だと思えば全然問題なく頂きました。





ちなみに、ダウンする人が多い中、

僕は何故か絶好調で日本より体調が良いという

いわゆるランナーズハイの状態でした。




ところで、

現地の人はもちろん毎日インジェラを食べますが

実は牛肉を生で食べる習慣があります。






屋台のような店に、牛が吊り下げられていて

肉を削ぎながら食べさせるお店がたくさんありますが、

当然、衛生的とは絶対言えず、かなり菌や寄生虫もあるそうで

我々は「絶対に食べてはいけない」と言われていました。




生肉にスパイシー(超辛い)なタレを付け、

インジェラを巻いて食べるのがエチオピアスタイルです。



僕たちのドライバーなぞは


「俺ら毎日、毎日、肉ばっかり食ってるぜ!

 野菜食わないといけないの分かってるけど

 やっぱり肉ばっかりだぜ!!わははっ!!

 やっぱり腹が出てくるぜ!!わははっ!!」


と陽気な会話をしていました。





そんなこんなで10時間のドライブを僕は楽しみながら過ごし、

いよいよ目的地イルガチェフェへと到着したのです。







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コーヒーをやっている人間すべての憧れと

言っても過言ではない聖地イルガチェフェ。






そのイルガチェフェ・コンガ農協に到着。



大歓迎して頂きました。



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イルガチェフェ・コンガ農協はこの辺りでも規模が大きく

高品質で知られている農協です。




イルガチェフェ地区にはこのような農協が8つあって

コチェレ・ハマ・ゴルビツ・ハフサなどなど。




同じイルガチェフェでも少し風味が違ったりして

面白いです。



そして、そのすべてが世界最高レベルの品質です。




イルガチェフェは世界3大テロワールのひとつで

 ■ エチオピア・イルガチェフェ

 ■ インドネシア・スマトラ

 ■ ケニヤ・ニエリ

というスペシャルティーコーヒーを代表する生産地です。




最近ではパナマ・コスタリカが加わって

5大テロワールと言われ始めました。



テロワールとはワインでも使われますが

その土地の気象条件や土壌の特性です。




気象条件や土壌の質、降雨量、寒暖差など

奇跡的な偶然が積み重なって神様のいたずらのように

素晴らしいコーヒーを生み出します。





同じ農園でも、山の反対側の斜面では

風味が変わってしまう。



それがテロワールです。


テロワールは決してお金では買えません。





素晴らしいテロワールに恵まれたイルガチェフェの景色は

この後、僕たちの予想を上回るような感動を与えてくれるのです。





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つづく















posted by 大地の実 at 18:21| 豆記世界編2013DEC

2013年12月05日

コーヒー発祥の地ジンマ地区 〜豆記世界編・2〜





その森は、小さな黄色く咲く花畑の丘を越えた所に

静かに佇むようにありました。




いつの頃から在るのか誰も知りません。





首都アジスアベバから車で7時間のドライブ中には

見飽きる事のない”人間本来の姿”というべきアフリカの

光景を見ていきなりカルチャーショックを受けてすっかり

虜になった僕は、その森に入った時、少しひんやりした空気と

多少の手入れの為に下草を刈った草の匂いに、昔遊んだことのある

地元の山の中を思い出して不思議と懐かしい感覚を覚えました。










コーヒー発祥の地エチオピアの中でジンマ地区は

とりわけコーヒーの起源とされている地です。

ジンマ地区は昔、「カッファ」と呼ばれていて

コーヒー(カフェ)の呼び名の起源にもなっています。









ジンマ地区のコーヒーはエチオピアではメジャーではありません。





イルガチェフェ、シダモ、ハラ―など有名な産地がありますが

僕たちが片道7時間かけて訪問した理由は、

ジンマにはフォレストコーヒー(森林コーヒー)といわれる

原生林の中に自然に生えるコーヒーが残っているからです。




フォレストコーヒーはエチオピア国内からも減っています。





環境破壊という理由で。





現在、日本のJICAが協力してこのフォレストコーヒーの

環境を残す活動をしています。




でも、あまり成果が上がらないのが現実です。



もしかしたら10年後には無くなっているかもしれない

フォレストコーヒーを見る事ができるのは最後のチャンス

だったのかもしれません。







車を降りるとアフリカの日差しが容赦なく照りつける午後でした。

そこから歩いて、歩いて、丘を越え、丘を越えて。





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ようやく辿り着いたのは程よく手入れされた里山のような印象の森に

入って行くと大きな木々の下に、小さなコーヒーの木がそこらじゅうに

生えておりました。




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森の木々たちがシェードツリーの役割を果たして

強烈な日差しからコーヒーの木を守っています。






その森に僕たちが入ってくとまだ完熟には早いけど

コーヒーの実を付けた、原種のコーヒーが待ってくれていました。





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これがコーヒーの原種。


これがコーヒーの起源。


これが。


これがルーツ・オブ・コーヒー。


誰もが、言葉を失ったように見つめ続けました。





伝説によればエチオピアのカルディが家畜のヤギが

森の中の、小さな木の赤い実を食べると興奮して元気になった

のを発見してイスラム教のモスクへ報告したのが初めだそうです。




時を経て、ここから世界にコーヒーは広がり、

人々を魅了しながら、数奇な運命を経て

日本に伝わり、僕たちの愛すべき存在になっています。





とはいえこの森は、収穫しやすいように程よく

下草などが刈り取ってあり人が歩きやすい環境にしてあります。




僕たちは慎重に赤いチェリーを選びながら

生まれて初めてコーヒーの収穫を体験しました。





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そのうち近くの農家の子供たちが集まってきて

収穫を手伝ってくれて、一緒になってのピッキング。





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大人も子供も、

日本人もエチオピアンも。




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こんなに採れました!!




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収穫を楽しんだ後は、

歩いてきた丘をひたすら戻り、

今度は近くのジンマ・サバカ農協へ。



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サバカ農協は”農協”といえども

日本の農協とは違っていて、小さな農家が

集まって収穫したコーヒーチェリーを水洗したり

乾燥したりする場所(ウエットミル)の事です。




到着してすぐにエチオピア名物の

コーヒーセレモニーでお出迎えしてもらい、

ちょうど収穫時期のチェリーを乾燥している所へ。




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チェリーのままを乾燥させて干しブドウのようにしてから

豆を取り出すスタイルを「ナチュラル(アン・ウォッシュド)」と呼び、

果肉のままカラカラになるまで乾かします。





また、それとは別に。





このような脱穀機でチェリーの果肉を取って水洗し

乾燥させるのを「ウォッシュド」と呼びます。




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果肉を取り除いても”パーチメント”とよばれる殻に包まれていて

お米でいう「モミ」の状態で乾燥させて行きます。



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パーチメントコーヒーをこのドライベット(アフリカンベット)

の上に広げて3〜4週間かけて水分を15%程度まで減らします。


乾燥中に雨が降ってきたら、村のみんなでカバーをかけるそうで

雨が多いと出荷が遅れるのが欠点なのだそうです。





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選別作業は村の女性たちが担当。

丁寧に欠点豆を取り除きますが、実はここで

オーダーの仕方で欠点豆の割合が決まります。




例えば欠点豆を完全に取り除くようにオーダーすると

女性の数を増やし、一度に広げる量を減らし時間を掛けて

選別する方法です。

このオーダーはスペシャルティーコーヒーでは普通にされる

やり方で欠点豆の混入は殆ど無くなります。



なのでスペシャルティー業界ではこの工程はかなり

重要視されていて栽培に次ぐ重要なポイントになります。




日本のコーヒー屋で欠点豆の多さに悩んでいる所は

安いオーダーで注文された低級品を買っている可能性が高く

そのクレームは商社に言っても直りません。



生産地へのオーダーは直接訪問して伝えるか無く、

現地の中間業者に改善を期待するのは無理です。





この2日後に訪問するイルガチェフェでは

このウエットミルでのスペシャルオーダーが

非常に重要なポイントになってきますのでお楽しみに。







さて、パーチメントを乾燥させて選別したら

倉庫に一旦保管して、豆を少し休ませてから

脱穀(お米でいうモミ擦り)のドライミルに出荷します。




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コーヒー発祥の地でコーヒーが出来る過程を

生で見れるなんて本当に贅沢な時間でした。





その後、休憩していると

ここサバカ農協は、もう一つの顔を持っていて、

実は「はちみつ」も作っているのです。



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はちみつと自家製パンを一緒に頂きましたが、これが絶品!!



採れたてのハチミツなのでものすごいコクです。



エチオピアはハチミツが有名らしく

コーヒー農園と兼業で養蜂する所も多いのだそうです。





コーヒーとハチミツを堪能した我々は意気揚々と

ジンマ近くの街のホテルへチャックイン。



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ところが、そのホテルが言葉では伝えられないほど、ひどいホテルで

一気にテンションが下がり、その日、3人目の食あたりが発生するほど。



お湯出ない、電気付かない、ベット汚い。

の3拍子揃った、かなり過酷な環境で睡眠もそれほど取れない中、

なんとか迎えた次の日の朝に事件は起きました。







朝のミーティングでジェトロスタッフから

我々に”衝撃的な情報”が入り全員に緊張が走りました。




それを聞いた時、

「この先一体どうなるのか」

「旅を続ける事は出来るのか」




この時、全員がそう思ったに違いありませんでした。






つづく










posted by 大地の実 at 15:49| 豆記世界編2013DEC

2013年12月04日

エチオピアへ。 〜豆記世界編・1〜








飛行機を降りてすぐに熱気に包まれて、いきなり冬から夏へ。

入国ゲートを抜けて、空港の外に出た瞬間の目が眩むような

強烈な日差しに”いよいよアフリカに来た”という事を実感しました。







エチオピアの首都アジスアベバは標高2500mという高地にあり、

飛行機から降りてすぐに身体の不調を訴える外国人は少なくありません。




日本から約17時間。



長いフライトの疲れを感じながらも空港から外へ出て

いきなり広がる地平線を見て、ゾクゾクするような

期待感に胸が膨らんでいました。



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エチオピア。




日本でコーヒーの仕事をしている人間にとって

一生に一度は行ってみたいと思うコーヒーの聖地です。




エチオピアはコーヒーの発祥の地であり原点とされていて、

今も尚、世界中のコーヒーファンを魅了し続けていて

日本でも人気の高いコーヒーなのはご存知と思います。





今回の東アフリカコーヒーミッションツアーは

「ジェトロ」という日本貿易振興機構が主催した

コーヒー専門の産地訪問ミッションです。




日本国内のコーヒーに関わる人たち14人が全国から参加し

ジェトロと日本旅行のスタッフさんと合わせて19人の旅。

エチオピアとルワンダのコーヒー生産地を直接見てみようという企画で、

コーヒーの輸入業者はもちろん、大手コーヒーメーカーや大手コーヒーチェーン、

ロースターなど産地には何度も行っている常連の方から僕のような

初めての人まで様々な人が集まった10日間の旅が始まりました。







みなさんはエチオピアにどんなイメージをお持ちでしょうか?




1980年代にエチオピア大飢饉によって

100万人が餓死しました。



お腹が大きく膨れてやせ細った子供にハエがたかり

動く事も出来ないたくさんの人たち。




その時の映像は僕も子供のころに鮮明に覚えています。






今はこれ。


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現在、首都アジスアベバは急激な成長期にあります。



実は、今世紀はアフリカの世紀と言われるくらい

経済発展の可能性を秘めていて多数の国が資金投入、

特に中国の影響が強く道路やビルは殆ど中国企業が

作っていて、みんな携帯も持ってます。



但し、まだインフラ整備は不完全で水道水は飲めず、

ガスは無く、電気も不安定で首都でもしょっちゅう停電

するのが問題です。







旅行前の事前ミーティングでは


・水道水、飲食店の水、氷は飲まない。

・食あたりすることを前提に薬を持参する。

・昼でも単独で外出しない。

・夜は絶対に外出しない。

・強盗にあったら絶対に抵抗しない。

・虫や動物からの感染症を警戒する。

・子供や物乞いにお金や物を渡さない。

・生命の危険に合う前に回避する。




などなどの注意が、、、。

僕たち日本人の感覚とは全く違う世界なのです。








どんな旅になるのか、、、、。






そんな事を考えながら、夕食を終えてホテルのベットの上で

蚊取り線香の煙を見ていたら、フライト中に一睡も

できなかった疲れもあり気がつけば風呂にも入らず眠っていました。







朝4時、いきなり外で鳴り響くコーランの音に起こされて

エチオピアに来ていた事を思い出し、急いで水しかでない

シャワーを浴び朝食もそこそこに6時にホテルを出発。



いよいよコーヒー農園に行く日を迎えました。



首都アジスアベバから車で片道7時間かけて、

南エチオピアのジンマに向けての旅がはじまりました。




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地元のエレミツアーという会社に依頼して

4WDの車を運転手付きで7台。





19人で7台の車は多いなと思って理由を聞いてみると

道中で車にトラブルがあっても、急病人が出ても

大丈夫なように予備の車も一緒に走るという徹底ぶり。



陽気なエチオピア人ドライバーは英語が堪能で

色々とエチオピアの話を聞きながら1時間も走ったところで

首都を離れ郊外に出た時の風景に、

「ああ、今。俺はアフリカに来ている」

という実感で胸が一杯になって、なぜか身体か震えました。






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標高2500mに位置する首都アジスアベバからコーヒー農園には

下る感覚で車を走らせます。



1700〜2000m地帯にある農園へ向けてのドライブ中

首都を離れるとそこはもう素顔のエチオピアが待っていました!





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目の前に広がる光景全てに心を奪われてしまい

気がつけばもう目が離せなくなっていました。



7時間のドライブもいつの間にか

目的地のジンマ地区近づき、

いよいよ初めてのコーヒー栽培農園へ

足を踏み入れる事になりました!!





つづく










posted by 大地の実 at 13:21| 豆記世界編2013DEC